Tetsu Ikuzawa’s motor racing life begun from the this starting line in 1958 age 15.

1958年、アタシが15歳の時。

浅間山の麓、浅間高原で行われた「浅間火山レース」が、アタシのモータースポーツの世界へのデビュー。

土砂降りの雨の中、スタートラインに並び前方を見据えるアタシの凛々しい表情を見よ!

主催者は最年少と言うことで、レース・ナンバー 1 を、くれました。

この写真が、アタシの人生を決定した瞬間。正にこのスタートラインが、アタシの人生を決定するスタートラインだったと言えます。

初めてのレース。しかも雨。その上、高地。初心者のアタシは何の知識も無く、防水、キャブ・セッティング等なんの対策もしていずでミス・ファイヤするエンジンになすすべ無く、ただエンジンを見つめながらの走行。

アタシがゴールする時には、あまりの遅さから次のレースのバイクが、スタート・ゴール・ラインに並んでいてアタシ、ゴール・ラインを通過させてもらえずで、なんとゴール手前でコースから追い出される!  そんな散々な結果だったにも関わらず、こんなにも面白いものが世の中にあるんだと知った瞬間。

このレースするバイクで、なんと東京の自宅から軽井沢の家まで自走して行きました。途中はトラブル続きで、押したりしながら8時間もかかって辿り着いています! この写真は、東京から8時間もかかって辿り着いた軽井沢の家で。レース用なのでスタンドが無いので柱に立てかけている。

レース当日は、このバイクに乗って軽井沢の家を夜明けに出発し浅間山のレース場へ、そしてそのままレース! そしてレース後そのまま乗って帰ってくる。

まさに、古き良き時代の話しです。

 

Exactly 60 years later in 2018, I am older but still a racing driver and winning sometimes!

そして60年後、2018年もアタシ、レースしています! 若い連中を相手に優勝もしています!

若い彼等は、レーシング・エランや、金に糸目をつけずのレーシング・ジャガー E-Type だったり。 それに対してアタシは、重いスティール製ボディーの4座席、しかもリア・エンジンの大変に不利なポルシェ 911 で、アタシは勝っています。 凄くない?

75歳での優勝は、日本のモーターレーシングの歴史上、最年長!

多分、世界レベルでも! もしかしたらギネス・レコード?

Tetsu Ikuzawa’s Party Style.

My 76th Birthday Party.

21st August 2018 at the House of ASTON MARTIN Aoyama Tokyo.

8月21日はアタシの誕生日でした。

英国の自動車メーカー ASTON MARTIN が、青山の ASTON MARTIN ブランドセンターで、とてもエレガントでゴージャスなディナー・パーティーで、 祝ってくれました。

アタシは60年代の友人だった、式場壮吉、杉江博愛(徳大寺有恒)、かまやつひろし達を偲んで、60年代のファッション、英国のモッズ・ルックで、ゲスト達をお迎え!

又、ネット上でネクタイとお揃いの赤のソックス、気持ち悪いって言われるのかなー!

何故スタッフ達が赤のブレーザーを着ているのか分かっていますよね?

なんともオシャレなパーティーでした。

今回テーブルのキャパシティーやクッキング上のキャパシティーから、招くことが出来たのは、たったの20人。招くことの出来なかった多くの友人達、ごめんなさい!

いずれにせよ、

Thank you Will and ASTON MARTIN!

 

ところでアタシは、ここ青山一丁目のお向かいにあるホンダとは60年もの付き合いですが、アタシに、こんな粋なことを、こんなオシャレなことを、してはくれそうにありません!

こんな粋なことを考える日本の自動車メーカーは、只の1社すらも有りません!

でも、海外の自動車メーカー ASTON MARTIN は、アタシをリスペクトしてくれて、こんなことまでしてくれます!

Porsche も、RENAULT も。

今の奥さんとの結婚のきっかけはフランスの自動車メーカー RENAULTのお陰です。ルノー・オデッセイという超豪華試乗会でフランスに招待してくれてベニスからパリまでのオリエント・エキスプレスの車内で、なんとアタシ達2人の為に、サプライズのウェディング・パーティーをしてくれました。

当時アタシ達はまだ結婚しておらず、ただのガールフレンドの関係。 アタシはモーター・ジャーナリストでもないただの元有名レーシング・ドライバー。アタシと、そのガールフレンドまでも一緒に招待してくれたうえ「オマエ、この彼女を逃すと、もう2度とこんな彼女はないぞ」と、同行者達全員とで、アタシ達2人には内緒で全ての準備をしてくれてのサプライズ・パーティーでした。それもオリエント・エキスプレスの車中でやってくれるなんて、こんな粋なことをする自動車メーカー、日本では皆無です。 それにしても、粋ですよねー。

この差って何ですか?

 

何故この一家が、このウエアか分かりますか? アタシのブログを見ていくと分かります!

 

 

 

 

 

Tetsu Ikuzawa’s Tennis life.

アタシ、テニスはこんな頃から始めています。後にモーター・スポーツにのめり込んでも、ラケットは必ずスーツケースの中に入れて転戦していて、時間があれば、世界中のどこでもプレーしていました。あのまま続けていれば、アタシの拘りからすると、錦織圭を越えていたかも?

Le Mans に行った時は、レース前の時間のある時 Derek Bell とプレーしています。 そのくらいテニスが好きでした。

正田美智子様と当時の皇太子様の出会われた軽井沢の名門テニス・クラブ、旧軽井沢テニス・クラブで、アタシはテニスを始めています。

この自転車で、毎日コートへ通っていました。

当時のオヤジのガール・フレンド。アタシのことを我が子のように可愛がってくれました。

麻布ローン・テニス・クラブ。

渡辺コーチと。

若かりし頃の、アタシの父。

London in 1970.

Regents Park, London, UK.

本田宗一郎に口答えして、ホンダ・F-1 ティーム初代監督の中村良夫がロンドンに島流し! 毎日する事も無く淋しくしているので、テニスに誘う。 後ろの女性2人は、鈴木陸三の友達。当時アタシが住んで居た近所のリージェント・パークのコートで。

軽井沢。

御殿場チェンバース。

世の中は狭い!と言うか縁って繋がっている。上の写真の娘(こ)このトーナメント後2度と会っていなかったけど、30年後なんとウチの娘とロンドンで偶然出会っている! 彼女の傾き、昔と同じまま!

有明。

軽井沢。トーナメント後。可愛い娘(こ)が多かったなー。

軽井沢。

LA.

ところで、アタシ、きっぱりとテニス止めました! もう一切やっていません!理由は又の機会に。

 

Tetsu Ikuzawa’s ski life.

My very first ski in 1953.

Bamboo Sticks and rain rubber boots!

赤倉。

白馬。

赤倉。岩原。
岩原。

赤倉。

岩原。

湯沢。

湯沢。

Kitzbuhel, Austria.

Kitzbuhel, Austria with Peter Hunt brother of James Hunt.

Genève to St.Moritz in Switzerland.

St.Moritz, Switzerland.

St.Moritz, Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland. 娘、だいぶ上手になってきた。

以下の写真は全てスキーへ行った時のものです。日本ではあり得ませんよね。スキーに行くのにタキシードにイブニングを持って行くなんて。

St.Moritz, Switzerland.

St.Moritz, Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

Zermatt,  Switzerland.

このガイドが居なかったら、アタシの奥さんは、スキーは出来るようにならなかったかも。Zermatt でのアタシ達のガイド、スキー・インストラクター  Kurt Lauber 。

Border on the slope!

Cervinia, Italy.

Vail, Colorado, USA.

Beaver Creek, Colorado, USA.

Courchevel, France.

Ski in Ski out. Courchevel, France.

ヨーロッパのスキー・リゾートではリゾート自体がスロープの途中であったり、ホテルがスロープの途中であったりと言うのが多くホテルから重いスキーを担いで、あの歩きにくいスキー・ブーツでリフト乗り場まで歩いたりしないですむ!

 

Tetsu Ikuzawa’s Porsche life style.

I visited Porsche specialists all over the World.

ざっと写真を拾ってみても、これだけ世界中のポルシェ・スペシャリスト達を訪ねて歩いています。

Meeting of the Porsche Club GB.

UK.
With the chairman of Porsche Club GB.

UK.

UK.

UK.

UK.

UK.

Porsche Classics at the Porsche AG Stuttgart, Germany.
My RHD 930 Speedster.

My engine for the 1969 911S Targa.

My RHD 964 Speedster.

Porsche Museum Stuttgart, Germany.

Germany. なんと 906 の新車を創っている!

France.
My 1971 911 Targa.



TECHNO-CLASSICA Essen in Germany.

Nagoya, Japan.

Nagoya, Japan.

Okazaki, Japan.

Nagoya, Japan.

UK.

UK.

LA.

Stuttgart, Germany.


France.

Holland.

Porsche Classics at the Porsche AG Stuttgart, Germany.
My 996 Targa.

なんと、ただの 996 を、わざわざドイツのポルシェ本社まで送って整備させている! こんなことしている人は、世界中でアタシだけ!

英国仕様の 996 Targa を、日本仕様に替えているとこ。

写真を見ての通り、スピード・メーター等パネル、電装品を日本仕様に交換しているとこ。996 を、ポルシェ本社にわざわざ送って、こんなことを出来るのは、又は、するのは、アタシだけ!

Porsche Classics at the Porsche AG Stuttgart, Germany.
My 914.

Toyota City, Japan.

Tokyo, Japan.

Hong Kong.

Hong Kong.

UK.

Scottsdale, Arizona, USA.


UK.
My two new 997 Speedsters.

Porsche Classics at the Porsche AG Stuttgart, Germany with the my two new 997 Speedsters.

Gotenba City, Japan.

Stuttgart, Germany.

Germany.

San Diego, USA.


Nagoya, Japan.

Recently one of the movie maker from Hollywood came to Japan to interview me for the making of “Tetsu Ikuzawa” movie!

ハリウッドのムービー・メーカーが「Tetsu Ikuzawa」のドキュメンタリー映画を制作中。

先日、ハリウッドのムービー・メーカーが、「Tetsu Ikuzawa」 のドキュメンタリー映画を作ると大挙して取材に来ました。

最初、彼等は、アタシが1967年の日本グランプリ時に乗ったのと同じ、ポルシェ・カレラ 6 を撮影の為に世界中で探していたのですが、見つかりません。

そこでアタシが、同じモデルが日本にもあるからと色々と探していたところ、昔からのレース仲間の鮒子田 寛が以前勤めていた名古屋の会社の社長が、同型のクルマを持っているとのことで、その方を紹介してくれました。

そして、そのクルマのオーナーが、撮影に全面協力してくれることになりました。しかも、1967年の日本グランプリ時にアタシが乗ったと全く同じカラーリング、全く同じ仕様にしてくれました。なんとそれも全て無料で!

ハリウッドのムービー・メーカーは、富士スピードウエイを、なんと、全日貸し切り。凄いお金のかけよう!

この方が、気持ち良く大事なクルマを撮影の為に提供してくれた、  鮒子田 寛紹介のエイムの鈴木さん。

4th Japan Grand Prix at the Fuji Speedway in 1967.








Fuji Speedway in 1967.

Fuji Speedway in 1967.

インタビューは5日間にも及びました。

勿論、アタシの有名な1969年のポルシェ・タルガも登場。

London Regents Park in 1969.